坂本雄次の訪問!スポーツ人 vol.12 八木沼純子さん

世界に羽ばたく日本人フィギュアスケート選手たち

女子選手が大活躍だった2月の四大陸選手権、そして3月の世界選手権への期待

坂本雄次さんと八木沼純子さん

坂本雄次(以下 坂本)  先日のフィギィア四大陸選手権では、10年ぶりに日本女子選手が1位から3位を独占しましたね。八木沼さんは番組の解説をされていましたが、上位3名の表彰台を日本が独占するというこの快挙は、どのように受け止められましたか。

八木沼純子(以下 八木沼)  解説をする立場でも、観客の皆さん同様、しびれましたね。日本女子が表彰台に3人立ち、3枚の日の丸があがり、君が代が流れると、改めて「日本は強いなぁ」と感じました。

坂本  今から30年以上前のフィギュアスケートは、素人が見ても、海外と日本の力にはかなり開きがありました。それが、今や国内で優秀な若い選手が沢山出てきていますね。

八木沼  私が現役の頃は伊藤みどりさんが第一人者で、日本代表として私たち後輩にも世界への扉を開いてくださいました。日本のフィギィアは、強い1人がそのあとに続く国内の選手を引っ張っていった時代が長かったといえますね。今のように、日本選手が世界選手権やオリンピックのような国際大会に出て、表彰台に上がるチャンスがこれだけ多くなってきたというのは本当に喜ばしい。「すごいな」の一言ですね。

坂本  男子は日本でもそして海外からも次々とニューフェイスが出てきますね。

八木沼  世界のレベルも上がっていますね。先日の四大陸選手権の男子で優勝したカナダのケヴィン・レイノルズ選手は、2種類の4回転などをはじめ高い能力をもつ選手ですが、彼のあそこまで完璧な演技は初めて見ました。まだ22歳の若い選手なんですよ。

坂本  各国がしのぎをけずっているのですね。強豪といわれるロシア、アメリカだけでなく、どこの国の選手が出てきてもおかしくない状況というか。

八木沼  3月の世界選手権は、男子は日本、スペイン、カナダ、続いてアメリカ、ロシアで表彰台を争うのではないかと思います。男子はとにかくミスもしないこともそうですが、現在プログラムに入れている本数の4回転をいかに確実に決めるか、という戦いになると思います。

坂本  女子はどうでしょう。

八木沼  どうでしょう、でも日本を中心に展開していくのではないでしょうか。フィギュアスケートの場合は、前年度の世界選手権でオリンピックの国別出場枠が決まります。ですから、今季3月にカナダで行われる世界フィギュアでその枠が決まるわけですが、来季につながる演技内容を残すことと同時に、日本は男女ともにオリンピック出場枠「3」を取ることも使命となります。もちろん日本代表の本来の実力を考えれば問題ないとは思いますが。

日本人フィギュアスケーターの活躍の秘密

坂本  日本のフィギュアスケートは、今や女子も男子も、国際大会で表彰台に上がる優秀な選手が育っていますが、その背景は何かあったのでしょうか?

八木沼  強化選手を育てる夏の強化合宿というものは、私たちの時代からありました。さらに、1992年のアルベールビルオリンピックが終わってからは、日本スケート連盟が「もっと若手を育成していこう」と力を入れ始め、「全国有望新人発掘合宿」を開催するようになりました。当時現れたのが、まだ小さい頃の荒川静香さんでした。今では12歳以下の国際大会も開催されるようになり、小さな時から海外での経験を積めるようになっています。このことは、国内の大会で優秀な成績をおさめた選手にとっては近い先に目標ができ、また、それぞれの国の選手の滑りを肌で感じられることが発奮作用ともなるでしょう。
また、90年代後半ごろから、プロとアマチュアが同じ舞台に立つようになったことも大きいと思います。日本では当時、国内のイベントで双方が同じ舞台にたつことは禁止されていました。これが解禁となり、アイスショーなどのイベントでプロとアマチュアが一緒に活動することが可能となりました。このように垣根が取り払われたことが、選手にとっては場数を踏む機会の増加につながったと思います。

坂本  アイスショーといえば、日本でも今では、競技後のエキシビションは、イベントのフィナーレを飾る華やかなショーとして成立していますね。

八木沼  エキシビションはルールもありませんし、初めて観る方やどんな方にも楽しんでいただけると思います。

坂本  選手は、試合中は得点を意識して演じるでしょうが、エキシビションではそういったものからは解放されて自由に滑れますよね。服装も試合中とは全然違って楽しみですよね。

八木沼  試合での戦いから一変して、選手の皆さんのエキシビションでしか見ることができない表情も見られます。衣装や小道具など競技会では見ることが出来ないアイテムなどを使っての演技は、さらに楽しめるのではないでしょうか。

競技の採点基準

八木沼純子さん

坂本  競技を審査する側は技術をいろいろ見ているんですよね。採点基準が細かいんでしょうね。

八木沼  細かいですね。現在は技術点と演技構成点の二つを合計した総合得点で争われます。一つ一つの技術、ジャンプ、スピンやステップにも基礎点があります。ステップやスピンはそこにレベルが付きます。例えばトリプルアクセルには、基礎点が8.50点、更に回転も確実に回り、着氷後の流れなど全体を見た時の出来栄え点「GOE」(grade of excution)がプラスされると点数があがっていきます。出来栄え点は-3から0を挟んで+3まで7段階。その中でジャッジが、ジャンプなどの出来がよければ「+1」などGOEを加点していきます。選手としては基礎点だけでなく、GOEがいくつもらえるかも重要です。例えば浅田選手は先日の四大陸選手権のショートプログラムでは、トリプルアクセルで基礎点の8.5にプラスして出来栄え点を1.57点プラスされて、合計で10.07点獲得しました。これはとても大きなことで、ジャンプの決まり方が素晴らしかったということなんですね。
また、ショートでもフリーでも後半になると、技術の基礎点が1.1倍になるというルールもあります。シニア女子の場合、ショートプログラムは2分50秒の演技時間なのですが、1分25秒以降に跳んだジャンプについては、基礎点が1.1倍になるんです。フリープログラムは4分ですので、2分以降に跳んだジャンプが1.1倍の基礎点になります。後半に難易度の高いジャンプを入れてそれが成功すると、ポイントもさらに加算されるということですね。

坂本  審査の細かさは、今日聞いて改めてよくわかりました。

八木沼  ジャッジはGOEと構成点の採点をします。最高点と最低点は切り落とされます。「ショート」と「フリー」の合計点で、点数が一番高かった人が優勝なのですが、競技初日のショートプログラムの段階で、5点差であれば逆転が可能だと思いますよ!

坂本  ショートプログラムで点差が大きくなければフリーで十分逆転できるのですね。

八木沼  ショートプログラムで下の方にいた選手がフリーでぐぐっと上がってきて優勝するなど、予想外の展開の試合もありますからね。それは他の競技も一緒だと思います。ライバルとの戦いではありますが、自分自身との戦いとも言えるのではないでしょうか?メンタル面が大きく影響するということは十分にありますね。

坂本  ランニングでいうと気象環境やレース展開、コース上の駆け引きなどいろいろありますが、同じようなことがスケートでもあるんでしょうね。

ジャンプの華・アクセルジャンプ

坂本雄次さん

坂本  フィギュアは、ジャンプひとつをとっても、アクセルジャンプや、トゥーループとかいろいろな種類がありますけれども、中でもアクセルジャンプは難しいのでしょうか。

八木沼  アクセルジャンプは唯一前向きから入って跳ぶジャンプです。他のジャンプは後ろ向きから入って後ろ向きで降ります。前向きから入るので、半回転分多くなることでタイミングや回転の高さや速さも変わります。たかが半回転、されど半回転で、その半回転を確実に回るというのが難しいですね。それから前向きから入っていくという恐怖もあると思います。私も選手の時にトリプルアクセルを練習したことがあるのですが、怖かったですね。ジェットコースターみたいな感覚・・・でしょうか。体当たりで壁に向かっていくような。

坂本  前向きから入っていくトリプルアクセルは、非常に恐怖を感じるのでしょうね。浅田真央選手は、すごいですね。

八木沼  浅田選手自身は、スケーターとして、全体的な滑りでのポイントだけでなく、トリプルアクセルを持っている自分でいたい、という思いも強いのではないでしょうか。

坂本  確か、伊藤みどりさんが1992年アルベールビルオリンピックで銀メダルを獲った時もアクセルジャンプを跳んだのですよね。

八木沼  そうです。伊藤さんがすごかったのは、予定していた場所でのトリプルアクセルが成功しなかったのですが、疲れもたまっている後半で、コースを変えて見事に決めたことです。

坂本  あのときの伊藤さんのジャンプは、非常に高かったように思いますが。

八木沼  もう誰よりも高かったですね。どの国の男子選手も口を揃えて「みどりが男じゃなくてよかった」と言うくらいに、本当に飛距離のある素晴らしいジャンプでした。フェンスよりも高く流れのあるジャンプを飛ぶ女子選手がこの先果たして出てくるか・・・。

ジャンプの技は、小さいころからの“感覚”をベースに

坂本  スケート選手は、10代前半~半ばで、フィギュアの選手として活躍するケースも多いですが、成長期のこの時期、1年で身長が10センチ伸びるなんてこともありますよね。身長によってジャンプのタイミングなども、変わってくるんじゃないんですか。

八木沼  そうですね。それから女性は成長とともに女性ホルモンの分泌によって生理が始まり、大人の体に変化してきますよね。どんなスポーツも同じだと思いますがフィギュアもそういった影響が出てきますね。

坂本  つまり、女性の場合は、体の変化で1年後の成績にも影響が出る場合もあるということですね。

八木沼  影響しますね、大きいと思います。その過程でどう切り替えられるか、も大事になってくるのではないでしょうか。でも、小さいころからの感覚をベースに、各選手自身修正しながら、改めて技を身体に叩き込んでいっています。

これまでのスケート人生を振り返る

品川で始まったスケートライフ

八木沼純子さん

坂本  八木沼さんは5歳からフィギュアを始められたというお話ですが、きっかけは何だったんですか。

八木沼  当時、私の家から通える品川にリンクがあったんです。あの頃はリンクがフィギュア、アイスホッケー、一般用と3面ありました。とても恵まれた時代でしたね。一般開放の片隅でスケート教室を行っていたのですが、そこに近所のお友達と参加したのがきっかけです。そこで、その後のコーチとなる福原美和先生と出会いました。

坂本  その出会いがなかったら人生が違ったでしょうね。

八木沼  そうですね。先生と出会わなかったら、この世界にはいなかったですね。人との出会いは大切ですね。

坂本  学生時代は、学業とスケート練習の両立が大変だったでしょうね。その頃はどのような一日を過ごされていたんですか。

八木沼  朝6時にリンクに下りて、7時45分くらいまで練習して、それから学校です。放課後は5時くらいからリンクに帰ってきて、一般滑走でジャンプを跳ぶ練習などをし、7時半から11時くらいまでクラブの貸し切り練習、その後家に寝に帰るという生活でしたね。長い休みに入ると朝から晩まで、睡眠時間よりも長い時間リンクの上にいました。休憩時間に夏休みの宿題をやるのが常でしたね。

職人技ともいえる“コンパルソリー”

坂本  八木沼さんの競技時代は、今の時代とはまた違った練習もあったんでしょうか。

八木沼  私たちの頃は“コンパルソリー”という滑走して氷上に課題の図形を描く競技があったんですね。今の選手が踏んでいるターンなどは“コンパルソリー”の中に入っているものなのです。コンパルソリーの練習にもかなり時間が割かれていました。

坂本  なるほど。以前は、フィギュアスケート競技は、「ショート」「フリー」「コンパルソリー」の3種目があったということですね。

八木沼  そうです。 コンパルソリーは、競技会の最初の種目として実施されていました。1973年にショートプログラムが本格導入され、コンパルソリーの比重が減り、1990年の世界選手権を最後にISUでは、完全廃止されました。ストイックにラインとターンを重ねていく競技はなくなり、華やかなジャンプやスピンを行うショートプログラムとフリースケーティングの2種目になったということですね。

坂本  そういえば、私もテレビでコンパルソリーの競技を見た記憶があります。

八木沼   職人技のような競技ですからね。正確な円とターンを同じ場所に描いていく作業を身体に覚えさせるのは意外と時間がかかります。片足で正確な図形を書くだけでなく、さらにそのラインをそろえターンも正確にかかなくてはなりません。いかにクリーンなエッジにのって綺麗な円の上にターンを乗せるか。少しでも身体を動かすリズムが狂うと揃わなくなってしまうんですよね。

坂本  八木沼さんは競技でやっていたのですよね。緊張するでしょう?

八木沼  緊張しますね。コンパルソリーは、自分の体の動きとエッジをコンパスのように使って、いかに正しい円を描けるかどうかが大事になります。心のコントロールも必要でしたね。

14歳で初のオリンピック

坂本  八木沼さんは、1988年、14歳でカルガリーオリンピックに出場されました。競技選手なら誰でも夢見るオリンピック、実際に行かれてどうでしたか。

八木沼  私たちの頃は、オリンピックの最終選考会となる全日本選手権が1月で、その後3週間弱練習してすぐにオリンピックに行くという、とても慌ただしい状況でした。渦にワーッと巻き込まれて、気が付いたら「終わってしまった!」という感じでしたね(笑)。

坂本  カルガリーのフィギュアに一緒に参加した選手はどなただったのですか。

八木沼  伊藤みどりさんです。伊藤さんが前年度の世界選手権の成績の結果、日本女子の五輪の出場枠を2枠にして帰国されたんです。
実は、当時私はジュニアの選手だったので、カルガリーの次のアルベールビルオリンピックを目標にしていました。
当時は1月の全日本選手権の前の月、12月にジュニアの世界選手権がありました。そこで私は2位に入ることができ、その時同じく表彰台にあがった日本選手と一緒に「連盟推薦枠」で全日本への出場が決まりました。全日本選手権では初出場2位となり、カルガリーオリンピック出場となりました。

坂本  14歳でオリンピックという大舞台に立った印象はどうでしたか?

八木沼  何よりも、フィギィアの奥の深さを感じたのはもちろんのこと、ふだんテレビで観ていたオリンピッククラスの選手と同じ舞台に自分が立てるという喜びがありました。しかし、一方では「その選手たちの中でどこまで自分が出来るのか」という不安と怖さもあったことは確かです。

坂本  シニア選手との差は、はっきり出るものですか?

八木沼  私はまだまだスケートも発展途上で全然子どもでしたから。シニアの国際大会もオリンピックが初めてでした。とにかく何かひとつでも吸収して帰ろうという気持ちもありました。そしてサラエボとカルガリー2大会で五輪チャンピオンとなり、私自身とても憧れていたカタリーナ・ヴィット選手が同じ公式練習のグループだったのは大きかったです。伊藤さんの練習もそうですが、チャンピオン達がどういった練習をして大会に向けて調整していくのか自分の目で見ることができましたから。でも同じ選手でいながら、ヴィット選手の練習風景を見ているだけでポーッと見入ってしまう時も(笑)。このシーズン、ヴィット選手のフリープログラムは『カルメン』だったのですが、オリンピックでのカルメンの印象は今でもずっと残っています。その後色々なスケーターがその曲を使って滑っていますが、私にとって一番印象深いのはこの時のカルメンですね。

坂本  確かに、同じスポーツ選手でも、憧れの選手をみて、ポーッとなっちゃうことはありますよね。

現役引退後、新たな世界で学んだこと

視聴者に興味を持ってもらえるような解説を目指す

坂本雄次さんと八木沼純子さん

坂本  1995年に大学を卒業されて、解説のお仕事はいつ頃から始められたのでしょうか。

八木沼  全日本選手権は2003年からフジテレビで放映が始まったのですが、それ以前、まだTBSで放映されていた頃に選手や試合現場をリポートするお仕事をいただきました。それがフィギュアスケートを伝える仕事の始まりでしたね。

坂本  フィギュアも愛好者がずいぶん増えてきたとは思いますが、踏み込んだ情報、例えばルッツジャンプはどうやって飛ぶのか、アクセルジャンプは何故あんなに難しくて、3回転半がなかなか飛べないのかというのは、素人はわからないんですよね。
しかし、八木沼さんはエッジのどの部分を使うのか、どうやって踏み切るのか、それがかかとなのか、つま先なのかということなど、細かい情報も解説してくださるのでわかりやすいんですよ。選手時代の八木沼さんとは、また印象ががらりと変わりました。八木沼さんは、素人にわかりやすく解説する先駆者だと思っています。マラソンだと増田明美さんがそういう方ですね。

八木沼  私自身初めてフィギュアの番組を見る方にも分かりやすく、ということをまず考えて構築していきますが・・・まだまだ勉強中です。マラソンの増田さんの解説は本当に勉強になっています。私の初めての解説の仕事は、アイスダンスの解説でした。「アイスダンスは、一般的に考えるとフィギュアの中で一番勝敗がわかりにくいだろうな」と思い、番組の作り手の方と相談して、どういう情報を入れ込んだらいいかを考えました。ちょっと下世話な話ですが、「このカップル二人にはこういう歴史があって、こんなロマンティックな展開があり今に至ります。」などその現場でおきている試合の内容とともに、バックグラウンドを伝えることも入れました。今でこそ通常の競技会であればそういった情報はほぼ必要なくて、競技者としての素晴らしさや演技内容の精度などだけで、後はじっくり見ていただくという時代になってきましたが、まだ私が解説を始めた頃は、フィギュアはそこまでメジャーではなかったので「じゃぁどうやったら興味を持ってもらえるかな」というところからいつも考えていました。それはいまだに重要なポイントにしているかもしれないですね。

解説者、プロスケーターとして、スケートへの関わり方の変化から得たこと

坂本  プロスケーターとして、活動するようになり、フィギュアスケートへの見方も変わってきましたか?

八木沼  そうですね。それまでは競技者としてコーチ、家族、トレーナーの方と二人三脚で自分中心の生活でしたが、プロとしてアイスショーに出演するようになってからは、多くのスタッフの方々がいて初めて一つのものが出来上がるという経験ができています。
テレビの仕事でも、それは全く同じでした。インタビューなどを通して、フィギュアスケートだけでなく、特に、他のスポーツの世界や番組などを作る現場を見ることができたのはすごく勉強になりました。自分だけではできない、みんなに支えられているからこそできるものですよね。

坂本  それは、すごい収穫でしたね。私のいる走る世界でも全く同じことがいえます。表舞台に立つのは、コーチ、選手ですが、実際は彼らのパフォーマンスはマネージャーや栄養士など、いろんな方々に支えられてこそ成り立っています。周囲のサポートがあることで、一つのものが完成されるのだ、と気づかれることがしばしばです。

スケーターの食生活

スケーターとしての体型を維持するための食事

八木沼純子さん

坂本  成長期の頃の食事で何か気を付けていたことはありますか?

八木沼  お弁当や食事など、母がいつもカロリー計算など気を遣って作ってくれていました。母が食事を作っていた頃は一日1500キロカロリーでしたから低かったほうでしょうか。お弁当は朝と夜でした。夜は、練習の合間の夕方5時半頃にお弁当を食べたら朝まで何も食べなかったですね。当時の体脂肪率は12%くらいだったと思います。

坂本  甘いものやお菓子などを楽しみたい年頃に、かなりストイックな生活でしたね。そんな毎日のなかでも、練習や試合のあとに、“特別にごほうびとして食べていたもの”なんて、ありましたか?

八木沼  自分へのご褒美として、時々ケーキや甘いものは食べていました。それでも、すぐにこれは何キロカロリーと計算してしまうクセがついていたので、心から楽しめていなかったかもしれません。

坂本  試合の前は、何時間前に、どのようなものを摂っているのですか?

八木沼  試合前は、胃に優しい、消化のいいものを試合の2時間半前までに摂るようにしていました。あと、生モノは試合前は厳禁なので避けていましたね。

坂本  試合の後は、疲労回復のために意識して摂っている食べ物や飲み物はありますか?また、それは、試合後、どれくらいたってから摂りますか?

八木沼  現在は競技会に出場していないので、アイスショーですが・・・。海外で早く時差ボケを直すのにお塩をお風呂に入れて発汗させるようにしたり、ウォーキングをして除々に身体をならしていくこともしていました。食べ物は食べたいものを食べるようにしていたと思います。量などは気をつけていましたが。あとビタミンを多く摂取できるようフルーツは必ず食べていましたね。

坂本  フィギィアスケートの選手の体つきは、美しく、無駄がない、骨と筋肉だけ、という印象ですが、スタミナを維持するために何か摂っている食事はってあるのでしょうか。

八木沼  体には脂も必要ですから、脂をすべて落とすということはしていなかったと思います。体重を落としたいときは良質の脂は摂りながらも茹でたささ身を食べたり、お肉も魚もバランスよく食べるようにしています。また、リンクの上にいるとどうしても冷えやすいので、生野菜ではなく、温野菜を食べるように心がけています。ずっと冷えたところにいるので、手先と足先が常に冷たくなってしまうんですよね。
あとはそんなにこだわらず、幼いころから、母が栄養価を考えて作ってくれていたものを食べていました。ひじきやこんにゃく、豆腐はよく食べていたような気がします。身体が温まる鍋もよくやっていましたね。

坂本  スケートリンクを離れた後でも、体の冷えは残るのでしょうか。

八木沼  残りますね。リンクを出た後は、夏でも1時間くらいはダウンを着て外を歩けるほどです。毛穴が閉じてしまい、芯から冷えてしまうのでしょうね。

坂本  スケートを始めてから今日まで、リンクの上にいる時間の方が長いんでしょうね。

八木沼  そうですね。練習後やアイスショーの本番が終わって寝る前にお風呂にゆっくり入って疲れをとるようにしていますね。とにかくシャワーではなくて湯船にまずつかるようにしています。

坂本  ランニングでも、湯温を低めにして半身浴で長時間入ってくださいとアドバイスするんですが、それと同じですね。

過酷なアイスショーを乗り越えるために

坂本  毎日お忙しそうですが、ご自分で、食事を作ったりすることもあるんでしょう?

八木沼  実家で食べていたものを同じように作って食べています。肉、魚、煮物なども入れながらご飯とお味噌汁と一緒に。

坂本  八木沼さんは、和食党なんですか?

八木沼  体重を落としたいときは和食にします。でも洋食も好きで、パスタもよく作ります。レモンを使ったパスタソースと合わせたりしていますよ。レモンの皮をおろし、クリームソースとトマトソースを少し絡めるもので、レモンの酸味がほどよくきいた優しい味になるんです。あと、豚の角煮やローストポークなどを作って、ワインとともに楽しむこともあります。

坂本  小学生の頃から、お母様が作ってくださった栄養価を考えたメニューが、八木沼さんの美しく強い体の原点になっているように思います。お母様の料理は教科書にもなっているかと思うのですが、特においしくて印象に残っているものや、レシピを受け継がれて八木沼さん自身が今作っているものがあればお教えください。

八木沼  受け継ぐほどまで実力がないのですが・・・。ポテトグラタンや根菜の煮物、魚の煮付けなどは、プロになってからよく母にレシピを教えてもらっていました。結婚した今もよく作っています。

坂本  何か食べ物で好き嫌いはありますか?

八木沼  私は野菜、肉、魚どれも好きですね。あと、実はお酒も嫌いじゃないんです(笑)。アイスショーの準備期になったら、寝酒は一杯までと決めています。実はアイスショーの練習は夜中に行うことが多く、夜8時から朝の5時まで練習したりするんですよ。普通の睡眠サイクルと逆になってしまうだけでなく、体が興奮状態ですぐには眠れない。“あくまで眠るために”一杯だけ寝酒を飲んで、午後に起きるという生活です。

坂本  アイスショーには、準備シーズンがあるんですね。どの季節ですか?

八木沼  春が準備シーズンになりますね。競技会は3月末で終わってシーズンオフになりますが、4月からは私自身も出演するアイスショーの準備が始まります。チームに所属する30人ほどが横浜のリンクに約1ヶ月間缶詰めになるんです。30人全員を動かせる時間帯が深夜の時間しかないので、昼夜逆転の生活になりますね。そういう生活サイクルをするようになって、もう17年が経ちました。

坂本  アイスショーのシーズン本番中は、食事はどのように摂るのですか。

八木沼  アイスショーは1回あたり約2時間半で午前と午後の1日2回公演になります。朝7時からリハーサルが始まって、リンクを出るのは夜7時。つまり12時間ずっと会場の中にいるのですが、そのスケジュールの中でしっかりとまとまった食事をとるのは難しいです。食べるのは、おにぎりやチョコレート、栄養補給食品をちょっと口にするくらいですね。
それから、リンクの中でいかにリラックスできる場を作るかも大事にしています。ショーが終わって帰ってからは、アロマを取り入れたりお風呂に入って睡眠をよくとることであったり。いろいろ考えてますね。

海外遠征時の必須食は?

坂本  八木沼さんは、これまで海外でコーチに指導を受けたり、海外合宿や遠征など、外国生活の経験も多々あったかと思います。海外遠征時の健康維持のため、必ず持ち込む食べ物や飲み物はありますか?

八木沼  高校生のころは部屋でも食べられるインスタントの白米なども持ち込んでいましたが、ほとんどその現地での選手用に用意されている食堂で出されたものを、バランスを考えて食べていました。

これからの目標

坂本雄次さんと八木沼純子さん

坂本  5歳からスケートを始めてオリンピックにも出られて、解説、プロスケーターとしてフィギュアとともに歩んでこられましたが、ご自身の人生の目標はありますか?

八木沼  今後もスケートのことにはいろいろな形で携わっていければいいなと思っています。フィギュアスケートも、皆さんに注目していただいて、ようやく「観るスポーツ」から「するスポーツ」に移り変わってきています。スケート教室も様々な場所で開催していますし、アイスショーのチームで各地に行って滑らせてもいただいています。これからは、生のフィギュアスケートを見たことがないという地域で、プロのアイスショーやスケートのイベントをどんどんやっていき、フィギュアの魅力を伝えることで、“フィギュアの裾野”を少しずつでも拡大できればいいなという思いもあります。

坂本  スケート靴をはいてリンクにあがる、というのが、やがては特殊ではない状況になりつつあるのかもしれないですね。例えば、今、都内でも赤坂の駅前や六本木にも冬季限定でスケートリンクができていますね。あのようなものがあちこちにできれば子どもも遊べていいですよね。

八木沼  さらに、今は、持ち運びのできるプラスチック製のリンクもあるんですよ。そのリンクでイベントをやったことがありますが、とても好評だったんです。一般の方が滑ってもあまり怖く感じないようです。プラスチックのまな板にオイルが塗ってあるような感じで、極端に滑らず、転んでも痛みが少ない。冷たかったり濡れたりしないので、皆さん楽しんでスケートをしてくださったようです。

坂本  フィギュアスケートをあちこちで見ることができるようになって、「楽しいスポーツだな」と思う人が増えるのも大事なことですからね。ぜひスケートの裾野を広げていただきたいですね。

八木沼  そうですね。私にできることを少しずつ一歩ずつやっていきたいと思います。

「運動」と「食」について

こばたてるみ

公認スポーツ栄養士 管理栄養士・健康運動指導士
株式会社しょくスポーツ代表 こばた てるみ

3年間の銀行勤務後、スポーツ栄養の世界へ。日本初の公認スポーツ栄養士16名のうちの1人。現在、栄養サポートを行っている「清水エスパルス」をはじめ、競泳オリンピックメダリストやプロ野球、箱根駅伝選手など数多くのサポートを手がける。また、ビジネスマンやOLの方向けのヘルシー&ビューティーレシピの提案や、10日で3万食完売したスポーツ弁当をはじめ様々な商品開発、料理番組出演など幅広い活動を行っている。地域食材を使った料理と共にお酒を楽しむため、テニス、ゴルフ、ランニングで汗を流している。

ウエイトコントロールは母の手作り弁当と温野菜で

 美しさと華やかさ、スピード感とリズミカルな動き、さらには力強さが要求されるフィギアスケート競技では、瞬発力や持久力に加え、審美的競技特有のスタイルの良さが求められます。したがって、選手の中には日常的にウエイトコントロール(減量)を行っている者や、無謀なダイエットをする選手も見られます。無理で無謀なダイエットは一時的に体重を減少させますが、体脂肪だけではなく筋肉も一緒に減らしてしまったり、骨密度の低下や貧血などを招くリスクが高まります。もちろんケガをしなかったとしても、筋肉量が減少してしまった状態では、スピード感溢れるステップやスピン、高いジャンプを演技で披露することは難しいでしょう。
 その点、八木沼さんの場合には、学生時代はお母様が栄養コントロールして下さったお弁当を朝夕召し上がり、プロフィギアスケート選手である現在はご自身で低脂肪高たんぱく質のお豆腐を活用したり、お肉や魚も適度に利用しながら、温野菜や鍋料理を上手に取り入れてコンディションを維持してらしゃるそうです。
 アイスショーの準備期間には夜中に練習をおこなったり、1回2時間半のアイスショーが始まると1日2回の公演でまとまった食事をとるのが難しいとおっしゃる八木沼さん。それでも体調を崩すことなくファンを魅了することができるのは、日頃の食事で栄養バランスをとられている証拠といえるでしょう。
 今後は“フィギュアの裾野”を拡大していきたいとおっしゃる八木沼さん。TVやアイスショー、地域での活動など様々な場面でフィギアスケートの素晴らしさを伝えていって下さることを期待しています。

ささみとひじきの豆乳スープパスタ

長時間氷上にいるフィギアスケート選手はカラダが冷えやすいので、温かい食べ物や保温効果が期待できる生姜やネギなどを使った料理がオススメです。たんぱく質豊富な肉や魚、体調を整える野菜や海草類が一緒に入った温かいスープパスタなら、ハードな練習後でも無理なく食べられるでしょう。

<ささみとひじきの豆乳スープパスタ>

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坂本雄次プロフィール

坂本雄次さん

1947年神奈川県生まれ。
自身のダイエットのため始めたランニングをきっかけに、当時在籍していた東京電力で陸上部の監督を15年務め、素人の中からフルマラソンを2時間30分で走るランナーを数多く育成する。
1993年にマラソンの各種大会を企画運営する会社「株式会社ランナーズ・ウエルネス」を設立。
日本テレビ 24時間テレビ の「24時間マラソン」、「湘南国際マラソン」などの立ち上げに尽力。間寛平さんのアースマラソンのアドバイザーとしても完走をサポート。

AIMS公認距離測定員
国際スパルタスロン協会日本支部代表
一般社団法人日本ウルトラランナーズ協会(JUA)理事

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