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撮影協力: |
坂本雄次 (以下坂本)
世界陸上韓国テグ大会の解説、お疲れ様でした。
増田明美 (以下 増田)
ありがとうございます。韓国の人たちも冬季オリンピック招致が決まって、スポーツに対する関心度が大変高まっています。前回のベルリン世界陸上の時、9秒58という天文学的数字とも言える世界新記録をたたき出したウサイン・ボルトさんは大変注目されていました。
坂本
ところが、男子100m決勝でボルト選手はいきなりフライングで失格。何万人かのため息が聞こえてくるようでした…。フライング一発失格っていうルールはどうなんでしょうか。スター選手がことごとくフライングで一発失格ということが続いても、ルールは改善されないものですか。
増田
二度目で失格するルールだと、駆け引きでわざと1回目にフライングする選手が出てくるんです。あのルールがなかったら、どんどん競技の進行が遅れることが懸念されるんです。
ボルト選手は、みんなが自分の走りを見に来てくれたのに100mで期待にこたえることができなかったということもあり、200m決勝でのサービス精神、パフォーマンスは素晴らしかったですね。選手村で待っている子どもたちにも1枚1枚サインしたり、写真撮影などにも応じていました。
坂本
注目の選手を臨場感をもって見ることができる世界陸上というのは、あまり普段からスポーツに興味のない方でも面白く観戦できますよね。
増田
そうなんです。私たちも日本人だけを応援していると、金メダルはハンマー投げの室伏広治さん、1個だけでした。それだけだと、つまらなくなってしまいますが、「人類のすごさ」にも目向けてもらいたい。
坂本
そうですね。見ていて、「うわー、この体形は昨日今日じゃ出来ない…」 この体で紡いだ時間が感じられる。
増田
どの種目においても、体形と洗練された動きは素晴らしいですね。「人類って、鍛えればこんなに別次元のことができちゃうんだ」と、2週間ずっと感動できるんです。
坂本
室伏さんは今までオリンピックや世界陸上でメダルを取っているけれども、上位の人が失格になっての繰り上げだったりした。今回は表彰台の室伏さんも今までで一番うれしそうでしたね。
黒人と白人とアジア人種では体形の違いがあるじゃないですか。多様な民族や人種が集まって行うスポーツの中では、絶対的に体力で優劣につながってくるのを感じますか。
増田
感じますね。あれだけ筋力も骨格も違う中で勝負しようと思ったら、あとは技術力じゃないでしょうか。室伏さんは研究熱心に常に新しいことを練習に取り入れています。今回は、「赤ちゃんのハイハイ」。足が立たない赤ちゃんがどうやって体軸をしっかり保つのかというのを、赤ちゃんのハイハイにヒントを得て、それを練習に取り入れたんです。このような研究をするのは日本人だけだと思いますよ。あの探求心はすごい。
また、世界と差のあるマラソンで、日本の男子が団体で銀メダルを取りました。技術以外にいろいろな面で日本人は緻密なんですよ。大会前日にパスタなどをたくさん食べて即効性のエネルギー源にかえる「カーボローディング」を、一人一人がきっちりやっているのは日本です。長期間にわたって練習に合わせて食事メニューも変えていくというのは、日本が一番行っているように思います。
坂本
それは日本人の国民的な気質と、体が大きくてパワーのある人達に対するハンディキャップを埋めるための工夫・努力であるのかな。
増田
100mの福島千里さんだって、ほかの海外の選手と比べたら、ほっそりしています。 しかし、彼女は空気を邪魔しない、風のように走りますよね。アメリカやジャマイカなど海外の選手たちは筋骨隆々で、空気を切り裂きながらパワーで行きますけど。日本人ができる最大限の努力をして、自分流の走り方を身に付けて戦ったという、やまとなでしこの美しさを感じましたね。
坂本
たしかに体力の劣勢の部分を、工夫と技術、努力でカバーしていました。もちろん結果的にメダルが取れるに越したことはないけれども、陸上競技に取り組んでいる姿勢を考えると、特に日本人はすばらしいですよね。
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坂本
増田明美流の解説はボキャブラリーが豊富で感心するんですが、聞き手に伝えるために選手のリサーチを始めたのは何かあったんですか。
増田
私が選手だったときに、ただ「速い」というだけでなく、もっといろいろなことを伝えてほしかったなという思いがあるんです。
坂本
ご自身がね。
増田
先頭を走っているからこの人は速いっていうのはテレビを見ればわかるけれども、そのバックグラウンドに何があるか、趣味は何だろうとか、走る原動力になっているものに、すごく興味がありますね。だから、特に子供の頃のエピソードはできるだけ伝えたいですね。
ただ、そういう私の姿勢に学んで、Qちゃん(高橋尚子さん)が同じように最近いっぱい取材するんですよ。最近は先にQちゃんにしゃべられちゃうから、私がしゃべることができなくなっちゃって…。(笑) もちろんそれはうれしいことで、みんなでそういうことを伝えていけたら、選手の魅力が膨らむと思うんですよね。
坂本
確かに。ただ速いとか遅いとか、出方がどうだったとか、技術のことだけ言うのではリアルに伝わってこないところがあった。誰だって生身の人間だから、いろいろなことを考えてやっているわけですものね。やはりパーソナリティを伝えられると、選手に対して気持ちがもっと入っていきますね。
坂本
増田さんは10冊以上の著作がありますが、「カゼヲキル」を書こうと思ったきっかけは?
増田
「カゼヲキル」では、800mから陸上競技を始めた子供が42.195kmを走れるようになるには、少なくとも10年かかるということを言いたかった。距離を伸ばしていく苦しさやケガとの戦い、指導者との折り合いなど、10年間の道のりを書きたかったんです。
「カゼヲキル」というカタカナにしたのは、選手って速く走っていると“風を切っている”んですよ。調子が悪い時は“風を着ている”んですよ、まとっちゃっているんです。だから、「切る」と「着る」、スピードによって違う感覚みたいなのも出したかったんです。
坂本
「助走」「激走」「疾走」とそれぞれのパートで3つの物語になっているんですね。
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増田「助走」篇は、千葉の自然豊かな環境の中で足腰を鍛え、先生との出会いがあった私の子供時代の経験が基になっています。2巻、3巻の「激走」と「疾走」に関しては、福士加代子さん、野口みずきさん、有森裕子さんなど、私が取材したいろんな人をモデルにして、現在のことについて書きました。
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坂本
増田さん自身がフルマラソンの日本最高記録をつくったのは、18歳でしたね。
増田
そうなんですよ。高校生でした。
坂本
これは希有な例なんだけど、ご自身ではそれをどうとらえていますか。
増田
42.195kmって、2時間半自分と向き合うじゃないですか。まだ弱いところがいっぱいある自分と2時間半向き合うには、18歳は早すぎたと思います。だから、日本記録はつくりましたけど、40kmを過ぎてからゴールまでのあとわずかな距離で、棄権するかもしれないというぐらい体が動かなくて。本当に意識があるのかないのか、わからない状態でした。そういうフルマラソンを経験すると、走ることがつらくなってきますよね。2回目は19歳の時で、栄養失調で倒れたんです。
そういう私の例から、日本陸上競技連盟は高校生でフルマラソンを走ることを禁止しようということになり、国際大会、例えば大阪国際女子マラソン、名古屋国際と「国際」が付く日本のレースでは高校生以下が出場できないルールを作りました。そういった意味で布石になりましたよね。
坂本
増田さんが長距離ランナーとして世の中に出てきた時、あまりにも衝撃的だった。世間一般のマラソンファンの皆さんからしてみれば、こんなすごい子が出てきたから、その子に期待したい思いが先行しちゃったんですね。
たしかに増田さんは18歳の時に日本記録を作った、でも振り返ってみたら、「心技体」がまだきちんとシンクロしていなかったんですね。もうちょっとトータルな人間力ができてからのほうがいい。
増田
そう、本当に「心技体」ですよね。どれが欠けてもだめだと思います。
坂本
さっき栄養失調という話もあったけど、本来の18歳の女の子が成長していく過程で必要な何かを犠牲にしながら記録に向かっていたのでしょうか。
増田
「犠牲」というか、「知識」が不足していましたね。記録を出すためには、食事は食べないほうがよいし、体重は少ないほうがよいというレベルでしたから。高校生の頃は栄養の知識もなかったですし、専門家との連携もなかったんですが、本来、これらは絶対、必要ですよね。
坂本
高校生の頃はどんな食事を?
増田
高校の頃は、下宿していましたから、先生の奥様が作ってくださっていて、バランスはよかったんです。しかし、痩せた方が記録が伸びると誤解して、自分自身で勝手に減量していましたから、全体の摂取量が少なくて、朝、昼、晩で多分1800キロカロリーぐらいです。
坂本
それしか摂っていなかったの? 基礎代謝プラス300キロカロリーしかない。通常は2000キロカロリー近く取らないと普通に生活できない。
増田
私は筋肉が強いときには、それでも日本記録をつくっていましたけれど、25歳を過ぎてから疲労骨折がひどくて。最後のレースも疲労骨折で制限時間を超えているんですよ。
現役が終わってから整形外科の先生と一緒に考えて分析したら、やはり若いときに栄養が不足していたので、骨が成長しきれなかったのだろうと。女性ホルモンのエストロゲンは骨の成長を助けますけれども、生理も2年半ぐらい止まっていました。自己流でやっていたことが間違っていたということが後からわかって…。
その頃は後輩たちも私みたいに減量している人がいたので、それを書いて伝えていきたいと思い、引退後はスポーツライターの道に進んだのです。
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坂本
昔、マラソンは特別な世界の人たちがやる競技だと捉えられていたんだけど、ここ30年ほどで市民ランナーへの広がり出てきた。若い女性層が増えたし、私たちのような団塊の世代が健康管理のために走っています。競技とは違う市民マラソンのランニングの魅力というのは、増田さんとしてはどのように捉えていますか。
増田
市民ランナーのほうが、「走ることで自分の生活をより充実させたい」という目的を持ち、生きることとすごくつながっている感じがします。市民ランナーの方々は、ゴールの次に、また自分のスタートがあるんです。1つのマラソンにゴールすると、また今までよりも良い自分で明日をスタートしようという意欲にあふれているから、それはすてきですよね。だから、そういう人と接していると、改めて自分が豊かに生きるためには何が必要か考えさせられます。
坂本
本質的な目的・目標というのが違うような気がするね。
増田
プロのアスリートは、勝ち負けが仕事になっていますよね、だから、プロと一緒に練習すると、市民ランナーの方はそこに感動する。一方、プロも、市民ランナーを見て、走ることが大好きだった子どもの頃を思い出し、初心に帰れるんですよ。お互いにいいものを与えられると思うんです。
今、皇居のまわりを若い人もおじちゃんも走っているじゃないですか。速くても遅くても、しっかり前を向いて走っている姿を見たら、涙が出てきちゃいますね。前を向いて走るという動作そのものが美しくて…。(笑)
坂本
わかります。
増田
だから、これだけみんなが走りたくなる気持ちがわかるんですよ。結局、動きに気持ちが引っ張られて、気持ちも前向きになれるような…。
坂本
ランニングがうまくライフサークルの中に入ってくると、結果として健康が確保できるとか、管理できるとか、気持ちが浄化できるとか、そういう部分ではすごく得るものが多いんですよね。 思いっきり汗をかいたあとって、なんとも言えない疲労感、心地よい疲労感があるでしょ。あれを覚えてくると、もうどんどん、はまるじゃないですか。大会に出ることが目的というよりも、ランニングをして、自分がより豊かな気持ちになろうとしている方が結構いらっしゃるような気がします。
増田
練習をしないで大会で走ろうとすることは危険ですね。最近はマラソン大会の制限時間が長くなったでしょう。だから、大して練習をしないでスタートラインに立ってしまう、あれは過熱すると危ないですよね。
坂本
別に手順を踏まなくても、1km9分、歩くのに毛の生えたぐらいで走っていても取りあえず完走はできるから出ようよと誘われて先ずは応募する。今は応募者が増えすぎて抽選になり、10人に1人ぐらいしか走れないという状況になっているので、ようやく抽選を通ったら自分の体を振り返りもしないで出場してしまい、結果的に心肺停止のような事故につながってしまうことがある。自分を過信して走っている人もいるし、不整脈をわからずに走っている人もいますから。それはどこかで歯止めをかけなくてはいけない。私たちはマラソン大会の運営をやっていると、やはりそれを一番気にします。 足下をよく見て、安全に楽しんでいただけるよう啓蒙していく、ということを、もう一方でしっかりやっていかなければいけないなと、現場に携わる者として思います。
坂本
現役時代のストイックな生活を経て、増田明美さんの最近のランニングや食生活について、お聞きしたいです。
増田
基本、食べたいものを食べてます!(笑)。野菜が大好きで、炭水化物も大好きです。特に パスタが・・・(笑)。韓国大邱の出張時も、毎朝、パスタで1日がはじまっていましたから。 ランニングは毎日1時間。スピードは1km 6分~7分。時間帯は夜ですね。
坂本
へえ~増田さんのランニングは、朝じゃないんだ。意外・・・。
増田
そうなんですよ。私が夜走るのは、その日あったいろんなことを整理して、翌日に向けて気持ちを切り替えるためなんです。みなさん同じでしょうが、毎日、働いて、いろんなものをしょって帰宅しますよね。そんなときにランニングをすると、”心の贅肉”がとれていく感じで。都内だと、外灯もあるから安心ですしね。
坂本
わかる、その感覚!まさに、気持ちが前向きになる感じですよね。心地よい汗とともに、ちっぽけな悩みも流れていく感じですよね。
増田
ただ、現役のころより、スピードは落ちてます。市民ランナーの旦那と一緒に走るもんで(笑)
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坂本
小説も書いて、本当に多才だと思うんですけれど、スポーツライターという形で活動を始めて、もう何年ぐらいになるんですか。
増田
92年からですから、19年です。解説の方はいつまでもお局様でいると後が詰まってしまうので(笑)、徐々にたすき渡しをしていきたい。今後はスポーツの持つ力を物語にするとか、誰かを取材して1冊にするとか、そういう方向で書くことが軸になっていくと思います。
スポーツには、「意欲をつくる」という面ですごく大きな力があるんです。悪いことをしたり、逆に引きこもっちゃうエネルギーをスポーツに集めたいんですよ。1人でくよくよ悩まなくたって、人と一緒に汗をかくことがどんなに楽しいのかということを味わえば、自然に意欲がわいてきて、学業や文化的な活動にも取り組むことが出来る。スポーツをもっと教育に活かしたいんです。
坂本
努力したことがこちらにはね返ってくるのはスポーツが一番わかりやすいですね。
増田
わかりやすいです。文部科学省がモデル事業として、全国のいろんな学校の子どもたちにいろんなスポーツを行ったデータがあるんです。
正しい生活習慣、早寝早起き、朝ご飯ができているという正しい生活のリズムがある子供が、スポーツをすると体力がつく。体力がつくと意欲が高まる。意欲が高まると学業にもいい影響がある。この結果がちゃんと数値で出ているんです。体力はすごい大事なんです。
体力をつけた子供のクラスの算数の平均が2点上がったとか、宿題をやってこなかった子が宿題をやってくるようになったとか、遅刻の多かった子の遅刻がなくなったとか。正しい生活習慣、体力、意欲の向上、これは素晴らしいじゃないですか。
坂本
成長期にスポーツに親しむような環境があって、精神的な強さや体力を身につける。何か目的や目標をもって取り組んだという経験があると、工夫が生まれてきますね。つまりキーになっているのはスポーツ、そんな気がします。
増田
誰もが「自分」という人生の長距離ランナーですから、自分らしく歩んでいける土台をつくる上で、体力というのは絶対に大事なんですよね。
私がお勧めしたいのは、親子マラソン。親子が一緒に走り、汗をかきながらコミュニケーションをとれる時間が、スポーツで増えるといいですね。
坂本
そうですね。もっとこういう種まきを増やしていきたいですね。
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監修:小島美和子 |
子どもの時からスポーツに親しむ経験はとても大事です。それと同時に食事の大切さも伝えていきましょう。子どもの時から運動と食事をセットで考えることが身についていれば、大人になっても健康で、気力に満ちた生活を送ることができます。
学習も運動も頑張るためには、朝食は欠かせません。例えば朝食を食べながら、「脳とからだにエネルギーを送るために、朝は、炭水化物をたっぷり食べるのよ。」と、ごはんやパスタ、パンなどの炭水化物を食べながら栄養素の働きも話して聞かせましょう。すると、子どもは「これを食べたから今日はがんばれる!」「朝食を食べないとパワーが出ないんだ」と思い、こうした考え方が身についていきます。
スポーツをする成長期の子どもには、からだの維持+成長分+運動分と、多くの栄養素が必要になります。まずは筋肉や内臓、全身の細胞をつくる良質のたんぱく質です。低脂肪の肉や魚、卵や大豆製品などからとることができますが、体内に貯蔵することができないので、毎食欠かさず食べましょう。不足すると筋肉が減ったり、からだの抵抗力が落ちて風邪をひきやすくなります。消費するエネルギーも多いので、エネルギー切れにならないように、ご飯やパスタなどの炭水化物もたっぷりと。そして、コンディション維持には野菜や果物もたっぷりと。野菜が苦手な子どもには、旬の新鮮な野菜で美味しく食べる工夫をしましょう。骨の成長に欠かせないカルシウムもとりましょう。乳製品だけでなく小魚や海藻、大豆製品、緑黄色野菜などからもとることができます。大人になってから骨は殆ど増えません。将来のためにも子どもの時にしっかりとって丈夫な骨を作っておくことが重要です。
こうした食事を準備すると同時に、食べながら、からだでの働きをひと言添えて、頭でも理解できるように導いてあげましょう。
低脂肪高たんぱく質の牛もも肉を使って、野菜たっぷりのビビンパです。
ごま油の代わりにアマニ油を加えたアレンジメニューです。
●作り方
(1)もやしは根を除き、ほうれん草は4センチ長さに、にんじんはせん切りにする。 鍋に湯をたっぷり沸かしてゆでる。もやしとにんじんはそのまま冷ます。ほうれん草は水にとり、水けを絞る。
(2)醤油、アマニ油、砂糖、コチュジャン、白ごまを混ぜ合わせ、(1)を和える。
(3)牛もも肉に焼肉のたれをまぶして、フライパンで焼く。
(4)お皿にごはんを盛り、(2)と(3)をのせる。最後にアマニ油をかける。
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1947年神奈川県生まれ。 |
AIMS公認距離測定員
国際スパルタスロン協会日本支部代表
一般社団法人日本ウルトラランナーズ協会(JUA)理事